おまぬけメモ
間違いは恥じゃない。恥ずかしいという気持ちさえ捨てて、あなたと話したいんだ、そういう気持ちを全身で表せば、きっと通じる
GenesisLightningTalks #21 に参加してきた(その1) - なるひこの Linux Printing お勉強日記
We’ve opened up a few more seats.
RubyConf - News - わかってたら休暇取っといたのに T_T
TKYSSTD: 大分ホーバーの最終日のちょっとした出来事 - 職員の方がうれしそうに説明してるのがなんだか泣ける
Git初心者が絶対に覚えておくべきコマンド - idesaku blog
gitで覚えておくべきことが多すぎるような気がしてきた
メンテされないドキュメントを書く時間があったらテストを書こうよ。
2009-11-07 - 未来のいつか/hyoshiokの日記
「その人たちはみんなどうやって時間を見つけているんでしょう?」と言った。それが彼女の疑問だったのだ。それで言ってやった。「テレビで働く人は誰もその質問をしませんね。その時間がどこから来るのかはご存じでしょう。それはあなた方が50年間覆い隠してきた思考の余剰からくるのです」
では、この余剰はどれほどの大きさのものなのだろう? Wikipediaを単位として考えてみよう。Wikipediaプロジェクトの全体、そのすべてのページ、すべて編集、すべての議論のページ、すべてのコード、すべての言語バージョンを合わせると、それは1億時間に上る人間の思考の集積になる。私はIBMのマーチン・ワッテンバーグといっしょにこの数字を出した。おおざっぱな計算だが、オーダーは合っていると思う。1億時間の思考だ。
ではテレビの視聴はどうだろう? こちらはアメリカだけで毎年2000億時間になる。いまやちょうどいい単位があるので、これを言い換えてみると、テレビを見ることに毎年2000 Wikipediaプロジェクトが費やされているのだ。もうちょっと違った言い方をすると、アメリカで毎週末にコマーシャルを見るのに費やされる時間は1億時間になる。これはすごく大きな余剰だ。Wikipediaのようなものを見て「どうやってそんな時間を見つけているの?」と聞く人は、この資産を少しばかり切り出して、ティム・オライリーが参加のアーキテクチャと呼ぶところのものへと引き込んだWikipediaプロジェクトの全体が、どれほど小さなものなのか理解していないのだ。
ジン、テレビ、社会的余剰 (via yaruo) (via tessar) (via joker1007) (via aokie) (via jinon) (via skikuchi) (via jinon) (via sakito) (via yoosee)
疲弊し、乾燥しきったデビーは、しかしおごそかなほど柔かな笑顔で微笑んでいた。
THE BRADY BLOG:もう一人のデビー
Now when I say “merge early” I do not mean “early in the morning.
Merge Early, Merge Often - ACM Queue
FLOSS への僕の信仰心が揺らいだから、 Mac に行ったから Mac は壊れたんじゃないか
第 43 回 和田卓人 さんの巻 - gnashでニコ動が見えるようになればいいのに
世界を再構築して、一つ一つの要素に対して自分で名前を与える
第 43 回 和田卓人 さんの巻
テストをたくさん書けば良いってものじゃないんですよ。設計の改善を前後で担保するためのテストだったはずなのに、設計改善の邪魔をしてるんじゃないか? と。テストが変更のコストを一定にするという夢を俺たちは見てやってきたのに、テストが増えると変更コストが上がっていないかい?
第 43 回 和田卓人 さんの巻
TDD はコードからのフィードバック、心からのフィードバック、フィードバックを受けて、システムの設計自体をもっと動的に動かしていく、変更させていく時の触媒の一つ
第 43 回 和田卓人 さんの巻